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インド⑴全ては導かれるままに

2018.01.12

 

本日1月12日は旦那の命日です。

亡くなって丸9年。

 

 

当時11歳だった長男は今年成人式を迎え、当時8歳だった娘はファッションデザインの研究校でプロの指導を受け学びながら通信制の高校の単位も取得し、当時6歳だった末っ子はバイトして自分で稼ぐようになりました。

 

 

 

旦那が亡くなって1年半くらいたった頃かな。中学生になった長男が当時通っていた進学塾の新聞広告で彼が自分の夢を掲げたのは。

 

 

 

 

 

 

「世界を全て見たい」

と書いた中学1年生の頃の言葉通りに、高校時代は家を離れ地方の高校の寮生活を送り、高校卒業後は大学に行くために自宅に戻って来たものの、大学を休学して文化支援という名目で1年間ベトナムの日本語学校で教壇に立つなど未知の世界に踏み出している。

 

 

 

理学部物理学科を専攻しているが勉強をすっかり忘れてしまった気がすると笑っていた。心の中は復学にあたり不安でいっぱいな様子も垣間見える。

 

 

 

まあ本人の人生だ。

来月10日には長男がベトナムから帰国するので、母さんはまたたくさんご飯を作るのみ。

 

 

 

「お母さんのご飯はなんか違うんだよ。お母さんのご飯がいいんだよ」と子どもたちに言われますが、お惣菜も多用するし外食も多い我が家です。

 

 

 

家事や育児のベテランとは何かといえば、手抜きが上手いということもあると思う。どこで手を抜いていいかわかっていて、ここだけ押さえておけばあとは大丈夫という見極めを知っているということ。

 

 

 

そういう意味では私はベテランです。笑

 

 

 

さて今、成田空港のラウンジでこのブログを書いています。

 

 

 

今回はコンパクトなお財布に入れ替えて使わない銀行カードなどは家に置いてきました。使いもしないのに持ち歩いているものって多くない? そういう身近なところの整理って大切…

 

 

 

と、余裕でいたんですけど、昨晩お財布の中身を最小限に移し替えた時に外国人登録証のカードを入れ忘れていました。成田空港の税関で「在留カードをお願いします」と言われて「あっ!!!!!!」と心臓が止まりそうになりました。瞬間で頭をよぎったのは「在留カード忘れた出国出来ない」

 

 

 

私は日本で生まれ育ち日本に住む在日韓国人の3世で特別永住者なのでビザの更新などありません。もうなんていうか自分が日本に住む外国人という感覚が希薄です。外国人は在留カードの携帯が必須なのです。

 

 

 

では日本人という絶対感があるのかと言われるとそれも希薄だし、韓国人という絶対感も希薄だし、国籍というものに対する意識も希薄かもしれません。

 

 

 

今からインドへと旅立つのですが、インドの女神がサティ・パールバディ・ドゥルガー・カーリーという名前それぞれのアイデンティティを持ちながら1なる存在であるように、私にも韓国名の韓国語読みの本名とさらに日本語読みと、日本の通称名とこの玄花(ヒョンファ)という名前のそれぞれにアイデンティティがありますので「これが絶対の私」という感覚が希薄です。

 

 

 

ということで一瞬心臓が止まりそうになりましたが、そういう場合の対処があり書類を書くことで無事に税関を通りました。

 

 

 

今日の旦那の命日はなんとなく禁酒気分でオレンジジュースでほっと一息。

 

 

 

 

今回のインド行き。

インドへ行く動機がいくつかあります。インド行きを決めたことで導かれるようにインドで訪れるお寺が決まりました。

 

 

 

そうなるようになっていた。

時間は過去の積み重ねで未来へ続いているのではありません。そこを理解しないと人生の流れを信頼することは出来ません。

 

 

 

今回のインドへ行く動機のひとつはガンジス川での散骨。

 

 

一昨年2016年7月にハワイ島で夫の遺骨を散骨をしました。主宰のWizard Classのメンバーと共に訪れたハワイ島のドルフィンスイムの時にその場で散骨を打診しました。どうなるかわからないのに迷いなく粉状になった遺骨を持参していました。船長に快諾いただき船を沖合まで出してもらい、そこで散骨のセレモニーを行うことができたのです。

 

 

 

散骨するためには遺骨を粉状にする必要があり、散骨用の機械を借りて私が自宅で粉砕しました。その時に粉状にならなかった小さな塊の骨があるんです。片手にこんもりと乗るくらいの量です。

 

 

 

「これ、どうしようかなぁ」と思いつつジップロックに入れて引き出しにしまっていました。ジップロックもこんな使われ方をするとは思わなかったことでしょう。

 

 

 

夫が亡くなった時から肉体や骨にさほどの思い入れはありませんでした。遺骨に関しては放っておけば湿気を吸って水になってしまうだけのことです。しかしそこはやはり人生のエンターテイナーとしてセレモニーをしたいじゃないですか。

 

 

 

昨年の10月にインドツアーを主催し訪れ、ガンジス川の上流で沐浴をした時にガンジス川に遺骨を流せると聞いて即決めました。「パパの残りの遺骨はガンジス川に流そう。来年の命日にインドに行こう」

 

 

 

なんていい閃きだと家に帰り娘に伝えると、一瞬無になる娘。そしてひとこと。「パパがね、俺はそんなしみったれたところは嫌だって言ってるよ」

 

 

 

爆笑。

お。お腹が痛い。

確かに旦那の顔や雰囲気はヨーロッパ、フランスです。そもそも武蔵美の服飾を卒業しフランスにデザイナーとしてお針子修行にも行きましたから。

 

 

 

「あとね、スパイスとかのカレーは嫌だって」

 

 

 

爆笑。

お、お、お腹が捩れる。

それが散骨となんの関係が、、、あっ!!!(思い出した)

 

 

 

まだ長男が生まれる前のこと。夫と一緒にマレーシアのクアラルンプールとペナン島に行きました。シンガポール航空のファーストクラスでスパイスたっぷりの串焼き肉を前に夫がひとこと。

 

 

 

「僕はスパイスが苦手なんだ」

マレーシアに滞在中は食べるのが大好きな夫がほとんど食べなかったのを思い出したんです。そんなことを子どもに話したことがないのに娘のアンテナの精度の良さに思い出しながら大爆笑しながら娘を通して夫に伝えました。

 

 

 

「わかる、わかる。本当はさセーヌ川とかに流して欲しいんだよね」

 

 

 

「でもさ、私はガンジス川でセレモニーがしたいのよ(だってガンジス川に散骨した人は神になるっていうし)葬式とか散骨っていうのは残されたものが楽しんでいい部分があると思うんだ。パパの大好きな海(ハワイ島)には散骨したし、あとは自由にさせてよ」

 

 

 

「残りの遺骨の全部じゃなくて一部をガンジス川に散骨するだけにするから。あとはまたビビッと来た場所に行くわ。世界のどこか」

 

 

 

そうしてパパから「一部だけならガンジス川に散骨していいよ」と許可をもらい、インド行きは確定したのでした。

 

 

 

さて、11時30分発のデリー行き。

間もなく出発です。

 

 

 

 

インド⑵至福の感覚を得る

 

 

 

 

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