メルマガ登録はこちら

 

BLOG

Archive

サイト内検索

プライドは誇りか驕りか

2018.08.09

自分を愛することでうまくいく。自分が自分を愛することは生きることの土台。



では、自分を愛し、そして自分にまつわる物性(物質が有する性質)や属性丸ごとを愛していますか?




私は私の家系やルーツをJUYOするプロセスを経ています。おかげで家系のクリアリングなど、ご先祖や家系に関することは得意分野です。



※JUYOとは玄花Worksとしてお届けしている講座の土台です。高いレベルでの受容です※





色々と重たい玄一族。
この分厚い家系図第6巻の1365ページ辺りに私の名前が載っています。




ルーツを知っているとか家系図のあるなしに関わらず、例えば、両親が離婚しているし離れて暮らす私に親は関係ないとか、暴力的な親だから親を切り捨てたとか、愛された記憶がないなど親の存在を否定しているということは自分の存在を否定しているのと同じことです。



では親を受け入れなければいけいないのか?



ええ、受け入れることが必要です。しかし受け入れるとは、親を肯定するとか許すとか水に流す、ということとは違います。



まずは気づくこと。自分の中にある感情に向き合うこと。自分の人生に多大な衝撃やトラウマを自分に与えた親に対して湧き上がる怒りや恨みや憤りや後悔に気づいていくことです。



嫌い。
無関心。
関係ない。
はたまた腫れ物に触るようにタブーなことにせずにそれに向き合うと決めること。



向き合うとは、自分に起こる反応を俯瞰して見るということです。「私はこういう反応をするのか」と。



相手を許せとか、受け入れろという話ではありません。ましてや親やご先祖の墓参りをしなければいけないいう話でもありません。



自分にできることはどこまでいっても自分に湧いた思考・認識・観念・意味づけしか受け入れられませんから。



親にしろご先祖にしろ、嫌い、関係ない、無関心、はたまた腫れ物に触るようにタブーな話にして見ないようにしている以上、それは自分に繋がる物性や属性を否定していることと一緒です。



つまりそれは自分を否定している行為なんです。その否定の土台の上には何も立たない。



昨日、玄花Works-IDENTITYを受講された方は、自分の物性と属性を改めて見直し、アイデンティティの再確認と再構築をしました。



それにより改めて自分という存在そのものを受容(JUYO)した。



自分を受容したい?
ならば自分がいまここに人間という物質として存在しているのは何によって成り立っているのかを再認識し全てを受容することだ。



DNAから私を肯定する。この親から生まれた私。このご先祖から繋がって今の私がある。出自を自覚する。



それらを受容したところから自分だけのモチーフを見つけることができます。私にしか(あなたにしか)創作できない表現できないもののモチーフが。



自己表現の土台。
自分の存立基盤。
アイデンティティ・誇り・自尊心。



私とは〇〇である。



誇りとはプライドです。プライドとは矜持という言葉に置き換えることもできます。



誰かと比較することなく、自分、そして自分の物性や属性を受け入れて誇り高く生きること。


僕は、プライドというのは絶対感だと思う。

僕がバカであろうと、非力であろうと、それがオレだ、そういう自分全体に責任をもって、堂々と押し出す。

それがプライドだ。

by 岡本太郎




私はそういう人が大好きです。自分の絶対感を見出したい人は玄花Works-IDENTITYでお会いしましょう。






※最新の玄花(ヒョンファ)情報とソウルメッセージを受け取りたい方は、下記のLINEボタンをクリックして玄花OFFICIALをお友だち追加してください。FBやInstagramのフォローも下記のボタンよりお待ちしております。